論語と算盤
書籍「論語と算盤」で学べる一番大事なことは、一言でいうと以下の1文です。
日本資本主義の父 渋沢栄一
2024年度に一万円紙幣の肖像となるのが渋沢栄一です。
2021年の大河ドラマ「青天を衝け」における、俳優「吉沢亮」演じる主人公でもあります。
彼は、幕末から明治・大正・昭和までを生き抜いた起業家です。
明治時代には、大蔵省を経て、起業家として約480社の会社設立に関わり、「日本資本主義の父」と呼ばれています。
みずほ銀行や王子製紙、帝国ホテル、キリンビール、アサヒビール、サッポロビール、JR東日本、東急電鉄、日経新聞、東京電力、東京ガス、東京海上ホールディングス株式会社など、数々の大企業の設立には彼が関わっています。
また同時期に、約600の教育機関 ・社会公共事業の支援にも関わり続けました。医療であれば、日本赤十字社、聖路加国際病院など、教育機関であれば、一橋大学、日本女子大学、早稲田大学などがあります。
そして、70歳でビジネス界を引退しますが、その後当時悪化していた日中関係や日米関係の改善のための民間外交にも尽力し、二度もノーベル平和賞候補に選ばれるという経歴も持っています。
そんな渋沢栄一が、創業当初から掲げている思想が「論語と算盤」です。
論語から人格形成を学び、利益追求を意味する算盤から、資本主義の利益主義一辺倒にならず、バランスをとることが大切であると学ぶことを意味します。
ポイント
論語とは、孔子が説いた道徳です。
算盤とは、お金とモノの売り買い関わる経済です。
この道徳と経済というものは、人が生きる上で欠かすことのできないものです。
つまりこの「論語と算盤」は生き方の教科書とも言える存在です。
プロ野球チームの日本ハムの栗山監督が選手たちに配って読ませたことでも有名で、大谷翔平の愛読書とも言われています。また、利益主義が一辺倒になりつつあった中国でも注目された考え方です。
渋沢栄一が掲げる最大の思想が、人間は「論語で人格を磨くこと」 と 「資本主義で利益を追求すること」 の両立が大切という考えです。
道徳と経済の融合
論語を選んだ理由
人格形成のベースの本として「論語」を選んだ理由について、渋沢栄一は「論語講義」の論語総説の中で次のように述べています。
さて、孔夫子(孔子)の人となりは、一言にして言えば常識の非常に発達したる円満の人というが適評ならん。 古来世の所謂英雄や豪傑は常人に卓越したる特色や長所があると同時に、非常なる欠点や短所もあるものである。 しかるに孔夫子(孔子)に至っては特別なる長所というべき所なき代わりに、これぞという短所もないのである。 ゆえにこれを称して偉大なる平凡人というても適当であろう」「すなわち人は釈迦や耶蘇(キリスト)たるは難しとするも、孔子たることは、はなはだ難きことにはあらざるべし。 何となれば吾人は非凡の釈迦や耶蘇たること能わざるまでも、平凡の発達したる孔子たり得べからざる理なければなり。 ただ勉めて倦まざるに在るのみ。要するに孔子は万事に精通して円満無碍の人である。 すなわち常識の非常に暢達した方である。
すなわち、孔子は「偉大な常識人」だと言うことです。
常識を卓越した特徴を持つ偉人は多くいるが、欠点や短所もあります。しかし、孔子は特別な長所も短所がなく、人を抜きん出た能力や強い個性をもった天才・奇才でもないと言えます。釈迦やキリストのようなになるのは難しくても、孔子のようになるのは難しくなく、偉大な平凡人と言えるからです。
故に、論語は、平凡な人でも手が届くからこそ、政治や哲学、宗教的な理念というわけではなく、経済的な言語やロジックとして汎用的に表現でき、個人の身を修めるといった日常的な実践指導も可能であると着目したからと言えるでしょう。
智・情・意
渋沢栄一は、前述の「常識人」について、以下の3つの要素を使って表しています。
「智、情、意」の三者が各々権衡を保ち、平等に発達したものが完全の常識だろうと考える
「智」:知恵・知識(ものごとを知り、考えたり判断する能力)
「情」:情愛(心で感じる喜びや悲しみ)
「意」:意志(何かをしようとするときの元となる心持ち)
つまりここでいう「常識」とは、強固な意志に聡明な知恵を加え、これを情愛で調節しながらバランスを保ちながら発達させたものであるということです。
何か一つだけ抜きん出るのではなく、平等に保たれている必要があります。
視・観・察
孔子の人物観察法として、視・観・察の三つをもって人を鑑別しする考え方がある。その視・観・察を渋沢栄一の解釈としてまとめると以下のようになります。
「視る」:その人の行動をみる
「観る」:その人の行動の動機をみる
「察る」:その人が何に満足しているのかをみる
ここまで観察すると、その人の人間性がみえてくるということです。
利益重視の経済に道徳心を
渋沢栄一は、本書の中で、経済についての部分で以下のように述べています。
現代の人の多くは、ただ成功とか失敗とかいうことだけを眼中に置いて、 それよりもっと大切な「天地の道理」を見ていない
他人のやったことが評判がよいから、これを真似してかすめ取ってやろうと考え、 横合いから成果を奪い取ろうとする”悪意の競争”をしてはならない
金儲けを品の悪いことのように考えるのは、根本的に間違っている。 しかし儲けることに熱中しすぎると、品が悪くなるのもたしかである。 金儲けにも品位を忘れぬようにしたい
金儲けは悪いことではないが、金儲けに執着してしまうと、どんなことをしてでも金儲けをするということが目的になってしまいます。日本の経済もそのような方向に向かっているように感じたからこそ、渋沢栄一は経済と道徳の融合が必要だと感じたのです。
「悪意の競争」に向かう人は、前述の「視・観・察」で見抜くことができます。
この「悪意の競争」に向かう人と正面から戦うのではなく、自己の発達へ努めるための競争となる「善意の競争」をするべきです。
その自己の発達にこそ「智・情・意」が関係します。
知恵と知識を活かして、よい工夫をして、自分の努力で付加価値をつけて成果を上げるべきです。
まとめ
2008年頃にあったリーマンショック以来、この渋沢栄一の「論語と算盤」は再び注目を浴び始めました。
そして、CSR(企業の社会的責任)も問われる時代となりつつあります。
現在ではSDGs「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の考えもあり、株式利益のためだけの経営ではなく、社会のため経営にシフトしてきています。
前項の1つ目の引用には、実は前後があります。
成功や失敗というのは、結局、心をこめて努力した人の身体に残るカスのようなものなのだ。 現代の人の多くは、ただ成功とか失敗とかいうことだけを眼中に置いて、 それよりももっと大切な「天地の道理」を見ていない。 彼らは物事の本質をイノチとせず、カスのような金銭や財宝を魂としてしまっている。 人は、人としてなすべきことの達成を心がけ、自分の責任を果たして、 それに満足していかなければならない。
成功こそが目的だととしていた現代において、成功や失敗というのは残りカスにすぎないと言います。つまり過程のひとつに過ぎず、道議に従い、自分がなすべきことに全力を尽くすことが一番大切であるということです。社会の基本的な道徳を基盤の上で築いた富でなければ、長続きはしないし、価値なんてありません。
この「論語と算盤」つまりは「道徳と経済」は、時代が変わっても、本質的には不変の「人間と人間社会の本質」なのではないでしょうか。
【内容情報】
日本実業界の父が、生涯を通じて貫いた経営哲学とはなにか。「利潤と道徳を調和させる」という、経済人がなすべき道を示した『論語と算盤』は、すべての日本人が帰るべき原点である。明治期に資本主義の本質を見抜き、約四百七十社もの会社設立を成功させた彼の言葉は、指針の失われた現代にこそ響く。経営、労働、人材育成の核心をつく経営哲学は色あせず、未来を生きる知恵に満ちている。【著者情報】
論語と算盤 内容紹介より
渋沢 栄一
1840(天保11)〜1931(昭和6)年。実業家。約480社もの企業の創立・発展に貢献。また経済団体を組織し、商業学校を創設するなど実業界の社会的向上に努めた。他の著書に『論語講義』などがある。